(1)知ってるようで知らない銀座
今年で拠点を大阪から東京に移して30年になります。
東京での仕事が大半となりましたが、カメラマンの立場から散歩をして楽しい街はどこか?
と、考えたら真っ先に出てくるのが銀座と日本橋でしょうか。
ここは新旧日本を代表する建物が密集していて変化も激しい。さらに江戸幕府が開かれて
からは日本の中心であり続けている。重要な近代建築、そして史跡も星の数ほどあるようです。
私が特にこの二つの地区で気になったのが恐ろしいデザインの怪獣がいる日本橋と
銀座から日本橋にかけて並んでいた街灯(現在はデザインが大幅変更された最新のLEDに変わった)
でした。すぐ近くには日本銀行もあって、ついついシャッターを切りたくなる。
歩道も広く開放感もあるこの場所は散歩していも楽しいのですが、川や山、商店街と違って
歴史ある重厚感のある建造物、史跡の曰くを全く知らずに歩くのはあまりに情けないのではと考えて
ここはひとつ、この地域を研究し尽くしている達人の後ろについて、銀座そのものを今までと違う
視点で街を眺めたら何か違うものが見えてくるのでは?
という今までにはなかった興味がわいてきました。
そして同行取材させていただいたのがこの方!作家で江戸歩き案内人としてメディアでの露出もある
著名な黒田涼氏である。
黒田氏の略歴は大手新聞社を経て、江戸のころから今の東京に至るまでの歴史を自分の
足で調べて回り紐解き、わかりやすく解説してくれる著書を多数、世に送り出している江戸研究作家。
メディアでは細道コレクターとしても紹介されたりしている異色の案内人でもある。
さて、そんな方が紹介する銀座とは?
二つのイラスト地図と画像でほんの少しご紹介したい↓
【日本橋から銀座通り口】
まず、同行させていただいた2月18日の散歩ツアーは京橋が起点だが、これに参加する
きっかけを作ってくれた日本橋から紹介したい。
左の写真は東海道五十三次の起点として誰もがよく知る日本橋、その橋のたもとに古い道路法で道路元標が建てられたのだとか。
右は国の重要文化財、高島屋日本橋店。私が生まれ育った地がルーツであるからして最も親近感がある。100年以上の歴史ある
建物だがメンテナンスも行き届いているようで古さを感じさせない。
これより黒田氏が案内してくれた場所へ↓
ここからが今回の主役である黒田涼氏が最初に案内してくれた「江戸歌舞伎発祥の地」の碑。
石碑に刻まれている文字からもわかるように寛永元年、西暦でいえば1624年にこの石碑の北
で猿若中村座の芝居小屋を出したそうだ。
ここにこういう立派な石碑があることは知っていたが、じっくり見て意味を考えたことなど一度もない。
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銀座通り口そばにある京橋跡。ここはかつて京橋川が流れていたそうで写真は1875年に作られた石橋の親柱。
中央通りを挟んでその斜め向かいにある石碑は「銀座煉瓦の碑」で、碑に彫られている「経綸」の文字は、
当時の東京府知事由利公正の書いたものだそうです。
【銀座通り口から四丁目】
工事中のホテル西洋銀座跡地を眺めながら銀座へと案内人の足は向く。
このホテルは私が銀座で働いていた時、毎日通っていた思い出深い建物。奇抜なデザインでシアターもあり
シンボリックな建物でしたが、人々の記憶からはすでに消えているかもしれません。
今回のメインである銀座には、あるものがたくさん点在していることを案内されます。
私も毎日のように歩いていた銀座の別の顔を見ることに!
史跡の次は、銀座に多く点在する神社の一つ「幸稲荷」へ。かなり狭い路地に追いやられているが、再開発で
移転させられたとのこと。なりは小さいのですがこれも江戸時代からある歴史ある神社なのです。
この近辺には以前、写真のプロショップ「ギンイチ」が点在していたのでよく訪れていましたが、神社など記憶はゼロ!
右の写真は一丁目交差点を渡ろうとする黒田氏をとらえているが、ここでも銀座の道路幅についてプチ解説があった。
これも考えたことなかったんだが、車道は8間、両サイドの歩道は3間半ずつのトータル15間だそうな。
右の写真は私の一番の興味であるガス灯、これは1985年に4基復元された一つで、通りの名も「銀座ガス灯通り」に。
左は中央通りにある日本初の電灯を忠実に復刻した記念灯ですが、こちらも毎回素通りして全く記憶にございませんでした。
これも全く知らなかった情報ですが、銀座の地名は1612年に徳川幕府がこの場所に
銀貨幣鋳造の銀座役所設置したことが始まりだそうです。
≪一押し!情報≫
仕事でもプライベートでもよく入店したことのある銀座二丁目に君臨する「松屋銀座」。
ここの経営者がいかに信心深いかの解説を受けてから1階の化粧品売り場へ連れていかれた。
店内は撮影禁止ですから、カメラマンである私は撮影できないので、手書き画像をアップしますが
入口の天井に4つ、立体の金文字で建物を守る四天王が書かれている。なんとサンスクリット語であります。
ここにこんなものがあったとは、、、、知りませんでした_(‐_‐)_
今回の私が全く知らない銀座世界でした。
ビルの屋上でお参りができる朝日稲荷です。
地上にも鳥居があり、ここから屋上の神社へ行くのはフリーだそうです。
有名私立大である専修大学の発祥地、1880年9月16日に経済及び法律の専修学校として発足したのが始まりだそうです。
自販機に隠れて目立たない碑です。
これも知らない!
四丁目交差点の顔ともいえる三越、この屋上に初めて足を踏み入れたが、ココには微笑む巨大な「銀座出世地蔵尊」が立像。
どの経営者も信心深いことがよく理解できる。
大人の散歩ですから、黒田氏がチョイスするご機嫌な昼食にも注目。
メインストリートから少し外れた場所にある「魚々十」にて刺身の船盛定食でした。
昼食後、お店の隣にある小道を抜けました。この石畳の風情ある「三原小路」にも「あづま稲荷」がある。
★そして細道の達人でもある黒田氏が最後に案内してくれた新しい細道紹介★
リニューアルされたばかりの四丁目のビルの隙間、人が一人通ることしかできないような狭い路です。
猿が手招きしているこの道を通り抜けるとそこにもありましたよ!
★神社です★
こんなビルの谷間にも神社が存在するのです。
知っているようで知らなかった銀座をナビゲートしていただきました。
今回は前編として、この寳童稲荷を終着点としてご紹介し、次回の後編へとつなげたいと存じます。
私が最も訪れている場所なのに知らないことばかりが紹介された「銀座江戸案内散歩」でした。